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社会活動の時間を制限することで長時間労働を規制する事が出来ないだろうかと考える。

ようやく24時間営業が縮小しつつある。

私は飲食店や小売店が24時間営業をする事を快く思っていない。
静かな夜を煌々と照らす店舗や電飾看板を見る度に「マチのほっとステーション」なんて言う前に早く店を閉めて休めと思ってしまう。
彼らが24時間「マチのほっとステーション」として営業をしている限り、私の気持ちは全然ほっとしないわけだ。
日常的に利用する店舗が24時間常に可動していられると、何だかこちらの気持ちの持ちようのスイッチが切りにくいという自分勝手な理由である。
例えばデパートみたいに21時閉店ってなってくれれば、21時以降はもう諦めるという選択肢しかなく、21時以降に誰が何を本日中に欲しいと云おうが努力でどうなる話ではない。
日本全国何処に行こうが概ね店が閉まっているのが常識という社会まらば・・・
そうなったら私のスイッチも21時で切れるのだろうと思う。

 
 

市場やスーパーも21時閉店とかにならないだろうか。

都心では23時~24時が閉店時間というスーパーが多い。
夜遅くまで働く共働きの家庭や単身サラリーマンには会社帰りでも利用ができて非常に便利なのだと思う。
もし21時に閉店だったならば、自分の帰りが遅いということを自覚する事になるのだろうか。
帰りに買い物も出来ないほど夜遅くまで仕事をしていた、もしくは遊んでいたと自覚するのだろうか。
しかしながらスーパーは深夜24時まで営業をしていて、買い物をして料理をして晩御飯を食べ終えるとなると深夜1時もしくは2時。
もし全国のスーパーが21時閉店ならば・・・
なぜもっと遅くまで営業してくれないのかと思うか・・・
それとも買い物が出来る時間に間に合わせようと本人が努力をするか・・・
買い物が出来ないのは誰のせいという議論となる。
 
 

日本は何でも市場競争に任せすぎ、自治体レベルでハンドリングすべきでは。

需要があるから深夜まで営業するは市場競争原理として当然。
スーパーが24時まで営業してるとなると、利用者としてはどんどん深夜感覚が薄れていく社会となる。
ましてやコンビニは24時間営業で、社会は24時間、深夜でも何かしら活動が出来る社会。
ようするに市場任せにしていたら一日の活動時間がダラダラと伸びる傾向にあるのではと思うわけです。
卵が先か鶏が先かって事でもあるけども、そのような社会構造に長時間労働の感覚麻痺みたいな事が生まれる温床だったりするのではと。
故に国や自治体が小売やサービス業の営業時間を規制するなど社会全体の深夜の活動時間を制限するというのはどうだろうか。
24時間いかようにでもなるという社会構造がメリハリのない長時間活動を助長してるという考え。
深夜は社会的に活動をしにくい環境を作るというのも一手ではないだろうか。
 
 

社会的に非常識な時間を意識させる事は出来ないだろうか

24時間営業が様々な分野で広がると、社会通念的に非常識な時間という感覚が薄れてくる。
22時に家庭の固定電話に電話をするのは非常識だろうか。
では、個人の携帯電話に電話をするのは非常識だろうか。
はたまた、仕事の電話をするのは非常識だろうか。
現代社会においては業種の商習慣によってまちまちと言うしかない。
ここに社会全体においての一般的通念が崩壊していると言えるのではないかと思う。
22時を深夜と考えるかどうか。
みなさんはどうでしょうか22時は深夜ですか?
都心のスポーツジムは平日の22時にピークを迎え大混雑をします。
私も数年前まではスポーツジムの会員でしたが、22時から体を動かして、お風呂に入って帰宅するのは深夜12時。
果たして健康とはなんなのか。
なんて考えるようになり、スポーツジムに通うことが目的ではないなとスポーツジムを脱会しました。
近年では22時という時間の感覚の捉まえ方も隨分と違うように思います。
私たちは便利になればなるほど時間感覚の麻痺をするのではないでしょうか。
 
 

とはいえ営業時間を規制するとさらに消費が冷え込むのでは・・・

コンビニにとって21時閉店だと業績に大きな影響が出るのではと考えられる。
しかしながら、営業時間を一斉に規制する事で客単価が上がることが見込まれる可能性もある。
私たちは24時間営業のコンビニがある社会に慣れてしまっているという現状。
それが「「何処でも何時でも手に入るのだから今買わなくともいつでも買える」という私たちのライフサイクルを産んだ。
もし閉店時間が21時となれば、「買える時に買っておこう」とか「行ける時に行っておこう」という意識にならないだろうか。
また、営業時間を一律に規制することで繁盛時間の売上のピークを伸ばし、メリハリのある合理的な経営になるのではないだろうか。
ダラダラと営業時間を伸ばすから、客の意識も「何時でも行ける」となり、1~2台のレジが一日中ダラダラと稼働する事になる。
一気に5台のレジがピーク時に2時間~3時間フル稼働する方がよほど生産性が高いと思う訳です。

 
 

夜の外食産業はそもそも需要が薄れつつある。

この度、24時間営業のファミリーレストランが24時間営業を縮小すると決断した原因は深夜の客足が遠のいたため。
客足が遠のいた原因はネット社会にある。
わざわざオフラインで集まらなくとも、オンラインで気軽に集まれるという社会だから。
そりゃそうだなと納得です。
お酒を飲まない若い世代の増加や付き合いでの飲み会なども倦厭されるような世の中なのだから外食産業は今後益々厳しい状況になるのだと思います。
牛丼チェーン店やマクドナルドなども21時閉店となればどうでしょう。
社会意識として自分が活動している時間が非常識な遅い時間なのだと自覚をする事になるのではないでしょうか。

 
 

政府は非常識な時間帯という社会通念を再構築してほしい。

多様性社会だとか自由な働き方だとか労働環境の改革が叫ばれています。
市場競争主義である以上、企業は利益を得るため、もしくはライバルとの競争のため企業努力をするのは当然です。
長時間労働に対して、行政は市場任せにした結果でもあると思います。
行政は市場が生まれる時間帯を規制することでオンとオフをしっかりと分ける必要があるのではと。
また、社会的に非常識な時間という意識づけをすることでメリハリのある合理的な社会になるのだと思います。

このような確固たる取り決めが国の文化をデザインする事と言えるのだろう。
そしてまた国の重要なアイデンティティとなるのだと思う。
この国は市場原理に任せすぎなんじゃないだろうか。

極端にいうと終電時間も夜10時までとかでいいんじゃないかなとも思う。
だって夜は静かに過ごしたいからという自分本位の意見でした。

ではでは。
 
 

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投稿者:廣田 泰規
2017年03月15日水曜日 | 21:29
ホームページ制作会社の想いやグチとか、その他雑感を書いております。たまには大阪ローカルネタ等も

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