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80年代のマイコンブーム時に私の心を時めかせていたモノたち

今ではPCの種類って数多にあるし、メーカーや機種名などそれほど意識せずにパソコンを使っている人も多いはず。
子供の頃に初めて手にした、または買ってもらったPCなんて全然覚えていないし、それほど思い出深いPCってのもないのかも知れません。
今はそんな時代ですけど私が小学生高学年を過ごした80年代。
当時のパソコンが持つ魅力やマイコンブームへの熱の入れようは並々ならないものがあったんです。
今回はちょっと当時の思い出と共に振り返ってみたいと思います。

小学生で初めて手に入れたマイコンはNECのPC-6001

1981年に発売されたNECのPC-6001。
定価89,800でひらがな対応、三重和音のPSG音源を搭載、9色カラー。
パピコンという愛称で呼ばれていたマイコン。
80年代初頭の家庭用PCはキーボードとコンピューターが一体になったものが主流。
このPC-6001はキーボードが枕ほどの大きさがあり、カマボコキーボードなどと言われていたんです。

このマイコンを手に入れるため、父親と日本橋のデンキ街まで行った記憶はずっと残っていて、
すでに後継機であるPC-6001mkⅡが発売れていたためか確か店頭販売価格64800円だったような。
本体とは別でセーブ/ロード用のカセットプレーヤーとRAMを32キロバイトに拡張可能なカートリッジ、それにグラフィックがアスキーコードだけのゲームカセットを何本か付けてもらいました。

すがやみつるの「こんにちはマイコン」でBASICを知る

当時、小学生でも分かるパソコン教材と言えばこれ。
ゲームセンター嵐の著者であるすがやみつるの「こんにちはマイコン」。
あらしが仲間たちと共にパソコンの仕組みやプログラムを覚えていくという内容。
凄く分かりやすくて宝物のようにしていた漫画本です。
BASIC言語もとっつきやすく、当時はドキュメントだけのアドベンチャーゲームを作ったりして楽しんでました。
しかしこの本の次に行こうとした時、当時の私に最適な本が見つからなかったんです。
探し方すら分からなかったのでしょう。
もしあの時「こんにちはマイコン3」「こんにちはマイコン4」と続編が出ていればプログラムにもっとのめり込めたのかも知れません。

「マイコンベーシックマガジン」通称ベーマガで挫折

私がベーマガを知って購入していた当時、もはやPC-6001は時代遅れとなっていたんです。
マイコンブームの勢いもあり、続々と後継機種が発売される中、自分が持っているPC-6001の情報が少なく、ベーマガを見ていてもPC-98、PC-88シリーズへの憧れが募るだけ。
ベーマガの他に当時はLOGINやOh!PC、POPCOMなんて雑誌もありましたね。
結局はゲームがしたくてパソコンを買ったという動機なんですが。
PC-6001対応のゲームソフトの提供も途絶え、やがてPC-6001を触る頻度も少なくなりました。
今思えばベーマガって350円で買えたんですよね。
スゴイ割安感です。

80年代にパソコンソフトレンタルショップってのがあったんです

小学校5年の時に駅前の商店街にパソコンソフトレンタルショップが出来た。
プラモ屋の2階。
そこに友達が通っていたので一緒に行ったわけ。
店内はそりゃもう高価なPCゲームソフトがずらりと並んでいる。
でもこの時の私はもうPC熱は冷めていたんです。
どうせ手にすることの出来ないPCゲームなのでそれほど感心もなかったんですが。
そこへ常連と思われる大学生らしきお兄ちゃんが大きなカバンを持って入店。
おもむろに店内中央にあるPCを起動し、カバンから大きなフォルダーケースを取り出した。
そのフォルダーケースには3.5インチフロッピーディスクが沢山整理されてあり、バッサバッサとページを捲ってお目当てのフロッピーディスクを取り出す。
フロッピーをPCに差し込み、コマンドを入力して何やらコピーをしている様子。
何だかこの所作が子どもの私には格好良く映ったんですね。
憧れのスパイ映画のような所作。
やっぱりPCを自在に操る人って「カッコイイ」とか「スゴイ」って感覚が湧き上がって来たんです。
この店の店主は30代の女性で、想像するに旦那さんがオーナーで奥さんが店番をしているのだと勝手に思っておりました。
店番の女性はお客にはならないであろう私たち小学生に対して愛想よく会話をしてくれる先生みたいな存在。
多分PCにはあまり詳しくはないのだろう。
お店のPCを操作する学生らしきお兄ちゃんに向かって
「変なプログラム入れたらあかんで」なんて言ってたのを今でも覚えている。
今思うとコピープロテクト解除ソフトとかなのかもしれない。

ファミリーコンピューターと比べるとPC-6001のゲームはショボ過ぎた

当時無知な少年の私はPC-6001を買うタイミングが遅すぎたんですね。
ゲームの時代はすぐにファミリーコンピューターにとって変わりました。
だってPC-6001を買った時にはすでに友人の家にはPC-6001mkⅡがあったんですもの。
初めて友人宅てスターアーサー伝説シリース「惑星メフィウス」を見た時は驚きました。
「パスポートを見せなさい」ってパソコンが喋るんです。
ああ、私もPC-6001mkⅡが買えたならって凄く羨ましかったんですね。

で、私がPC-6001でプレイしていたゲームはというと
■ロードランナー

■ドアドア

■ポートピア連続殺人事件

■タイニーゼビウス

結局PC-6001対応で楽しめたゲームってこれぐらいだった。
やりたいゲームは沢山あったけどPC-6001は対応されていないのがほとんどだったんです。

当時はマイコンの機種によって出来るゲームが違っていたんです

今ではWindows版とかMac版とかOSごとに対応しているソフトウェアですが80年代は機種ごとに対応ソフトが違ってたんです。
NECのPC-88シリーズ対応とか富士通のFM-7対応とか機種によって起動するソフトが違うので自分が所有するPCで出来るゲームソフトが限られるんですね。
このゲームがしたいけど自分の機種では出来ないと地団太を踏むことが多い時代。
まただからこそ機種選びにシビアだった時代とも言えます。
最新機種なら対応ソフトも充実していますがそれはそれは高価な買い物です。
だからといって型落ちのPCを買うと対応ソフトが発売されなくなります。
私も1984年に発売された「夢幻の心臓」というRPGゲームソフトに憧れていましたがプレイするには PC-8801、PC-98シリースという20万円以上もするPCにしか対応しておらず絶対に手にできない代物。
雑誌に掲載されるゲーム画面を見てはゲーム内容を想像してあーやってみたいなぁなんて高嶺の花に憧れておりました。
一体どのような人がこのソフトをプレイ出来たのでしょうね。
やっぱり大人の人なんでしょうかね。

まとめ

なぜこんな記事を書いたのかというとなんだか急に当時のPCから漂う独特の臭いが鼻に付いたんです。
あっこれって昔の電子機器に共通する臭い。
昔の電気屋のPCコーナーに行くとどこもこんな感じの臭いがしていたなぁって。
そんな感じでなんか急に昔なつかしい臭いが鼻につくことってありません?
まぁそんな感じで懐かしいあの頃の思い出も蘇って来た次第でございます。
で、調べてみると今でもPC-9801とかそれなりに良い価格で取引されているんですよね。
30年も前のマイコンが5万円以上で取引されている。
あ~やっぱりあの時の憧れのPCを懐かしむ人が多いのかなと思ってましたが、どうやらそれだけではないらしい。
21世紀の今でも工場現場でPC-98が可動しており、それなりに需要があるとのこと。
えっ今でも工場現場でPC-98が現役で動いているだと。
にわかに信じがたいけど。
しかもNECがPC-98のサポートを2010年10月までサポートしていたのも驚いた。
2010年10月で保守期間を終了したみたい。
なんかPC-98ってスゴイなぁと思う今日このごろ。

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投稿者:廣田 泰規
2017年02月05日日曜日 | 23:04
ホームページ制作会社の想いやグチとか、その他雑感を書いております。たまには大阪ローカルネタ等も

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