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第二次世界大戦の失敗から学ぶ事が多い私の経営哲学

廣田 泰規
2015.11.10

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今から10年ほど前でしょうか。
第二次世界大戦に関する書籍を読み漁る時期がありました。
クリント・イーストウッド監督の映画「硫黄島からの手紙」が公開された年に、栗林忠道中将に関する本が本屋で平済みされているのを手に取ったのがきっかけ。
それから山本五十六、山口多門、今村均、南雲忠一、山下奉文、東條英機、甘粕正彦、石原莞爾など上げればキリがないですが、まぁ100冊以上もの昭和初期の歴史書を読んだわけです。
そこから学んだ事が沢山ありましてね。
特にマネジメントや経営に随分と活かせるんじゃないと思うのでそれをちょっとだけここでご紹介しようと思います。

精神論がはびこる日本軍。

とにかく戦時中は努力が足りぬ。精神が弱い。軟弱者的な指導が多い訳なんです。
特に陸軍に関しては飯を食わずとも精神力でカバーしろって言う。
こういう人って士官学校出の若い人に多いように思う。
結局は個人のポテンシャルを個人によって最大限発揮させようって事。
あからさまな個人の怠慢ならいざ知らず、体力が弱っている者に対して精神力でカバーしろって無茶ですよ。
それって結局、士官自ら自軍の兵力をさらに下げる事になるんですよね。
精神論は二の次、組織的なトレーニングと組織として兵力を考えるべきだし、自軍は競争相手の敵兵力と競争しているのであって、精神論で勝とうとしてはいけない。

補給路を考えなかったインパール作戦から学ぶ。

補給計画のないまま実行されたインド・ビルマ攻略作戦。
大砲などの軍事装備を携帯した軍隊が2000m級の山岳をいくつも超えて陸路でビルマを目指し蒋介石ルートを遮断する作戦。
ハッキリ言って補給という考えはありません。
当然、完全な孤立部隊となって周囲を敵に囲まれてしまいます。
こんな飛び地作戦は戦力を損耗するだけですよね。

なんの成果も得れず7万人以上もの日本軍の犠牲を出しました。
この作戦はウ号作戦と呼ばれ、この作戦を提案し、実行した牟田口中将は世間からかなり叩かれることになります。
この事例から補給路を作ることを学び、常に支援が出来る距離で戦うことを学ぶ。

大艦巨砲主義と航空戦の対立

戦い方は常に変化しています。
時代はすでに航空戦に移っていると主張した山本五十六、空母が今後の戦略を担うと説きますが、すでに巨大戦艦大和や武蔵の建造計画は進められていました。
大きな球をどれだけ遠くに飛ばせるかが勝敗を決める時代ではなく、小回りの利く航空戦力が大きな戦艦を沈没させる戦術に移行しているにも関わらず、未だに大鑑巨砲主主義を信じるトップがいることに憤りを感じる山本五十六。
そして山本五十六が艦隊司令長官になり、後に連合艦隊旗船となったのが戦艦大和です。
時代の戦略にそぐわない戦艦大和、作ったはいいが出番もなく、出すとなると燃料が凄くかかる。
これって今どきの広告戦略やマーケティング戦略に置き換えてもしっくりきますよね。
時代はインターネット社会ですが、昭和的な感覚を未だに持った創業者が理解を示せず、ネット関連のプロモーション予算が下りないって事。
そしてプロモーションには多額のお金がかかると思いこんでいる。
戦い方は常に常識に捕らわれず、トレンドに敏感でないと。
いつまで巨大な玉をだだっ広い海に向けて撃っているんでしょうね。

飛行パイロットを使い捨てにするな。

戦争初期には腕の立つパイロットが沢山いました。
「大空のサムライ」で有名な坂井三郎もそうです。
ですが、日本の大空のサムライ達はゼロ戦を軽くしようと受信機やパラシュートを機内に乗せることを嫌ったんです。
より身軽に縦横無尽に戦闘するための軽量化におもきを置いたのです。
縁起という意味もあったらしいですけど。
また、軍令部も自軍のパイロットの損耗よりも敵兵力をいくら損耗したかに拘った。
そのため日本軍は長期戦争であるにも関わらず沢山の名パイロットを失いました。
これって教育コストとか人材資産って考えがないんでしょうか。

神風特攻隊などが良い例ですね。
パイロットを消費してでも敵国の戦力を損耗させる。
この作戦、戦争末期にしてパイロット不足が深刻化します。
飛行訓練数十時間のパイロットでも最前線に配置せざる負えない状況になるんですね。
たかだか数十時間しかトレーニングしていないパイロットって初心者過ぎでしょって思うのですが、戦争末期はそんな状況だったのです。
人材教育スピードと人材消耗スピードが同じであるのならその企業は成長していないことになりますよね。
ただただ採用コストがかかっているだけです。

まとめ

昭和初期の日本の歴史には様々な人のドラマがあります。
私はこの頃の人の様々な考え方にとても関心を持ち、世界の情報を知るとこの大切さを学びました。
この頃の日本の大半は情弱だったのです。
昭和初期、アメリカが埋蔵する一日の石油量、またはアメリカが一日に製造する自動車の数って日本の遥か彼方の数字なんですよね。
ですが情弱がゆえに勝てると思ってしまったんですよね。
長くなりましたが、ここ数年、技術進化のスピードにより戦略は常に変化しています。
マーケティングもプロモーションも最新の情報を知ることで他社よりも一歩先を行くことが大切。
わざわざここで紹介したのは、この時代の自伝や歴史モノって結構教訓になることがあるので、食わず嫌いの人も是非読んでもらいたいなぁと思って紹介いたしました。
日本の戦争の歴史を学んで持論を語れれば日本の歴史認証も空中戦にならずに済むかもしれません。

投稿者:廣田 泰規
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2015.11.10 | 22:53
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